音響機器のピッチ

音響機器売り場に行くと、この頃はまた、当たり前のようにアナログ盤のプレイヤーが陳列してあります。

単体のCDプレイヤーはスピーカーやアンプと一体化して姿を消しかけています。音楽データが、メディアを介さずに簡単にやりとりできるようになったのが一因ですが、元の演奏に費やされた熱量や振動が、デジタル処理の過程で失われてしまうことに、新しいリスナーが気づき始めたからかもしれません。

コンパクトディスク(CD)が登場し、初めてその再生を聴いた時、まるで時間が凍り付いたかのような、ある種の違和感を覚えたのでした。

楽音と同じレベルのノイズが混じるとか、部屋の蛍光灯が発振する周波数が混ざるとか、対策の行き届かないアナログ盤の再生音には、どこか生温さがつきまとって、乾坤一擲の迫真の演奏に集中しようとする熱意に水を差したものです。ただし、ノイズフロアは、当時でも対策次第でかなり下げることが可能でした。工夫次第でCDに勝る音楽再生がアナログ盤から聴けることは、真剣に再生音楽に取り組んでいる人には解っていました。

しかしCD登場であっさりとアナログ盤を捨てる人が続出したのは、冷徹に時を刻むタイムレコーダーのような再生音楽が快感だったからのようです。

機構的な説明として、CDプレイヤーとアナログ方式では接触の概念が異なる。ソフトとハードがどこでどのように出会うか。

デジタル再生において待ち合わせ場所を決めるのは、クロックと呼ばれる機構、つまり発振器です。ここではごく小さい単位に区切った音楽信号を、順番に発振のひとコマひとコマに乗せて送り出しています。ハイレゾルーション再生では、この発振のコマが、高密度な演算によって更に細かくなっていますが、基本構造は同じです。丸い円盤を回すといえども、そこから取り出すのはデジタル信号なので、回転速度の優先度はほぼない。

アナログ盤のプレイヤーといえば、ターンテーブルをゆるゆる回転させて、そこに載せたビニール円盤に刻み込まれた凹凸を、針とアームで引っ掻いて微弱な電流を発生する仕組みです。三分間で100回転する円盤と、音溝をどこまでも忠実にトレースするアーム+スタイラスとの接点で、回転(運動)エネルギーと場所(自由落下)エネルギーが出会う仕組みです。特に注意すべきは、アナログにおけるトレースの線速度は一定ではなく、外周部では遅く、中心に向かうほど速くなることです。距離あたりの時間(情報量)が極小から極大まで遷移する過程です。ライブの熱量が開始からクライマックスへと幾何級数的に増していく様に一致します。アナログ盤における録音から再生までのデータ変換には一貫性があります。

デジタルにおいて、音楽演奏は時間と場所というトポロジーへと演算を通じて概念化されたあと、改めて音声化されているのです。右に捻ってデジタル信号にしてから様々加工、そして、左に捻り戻して音声に、という余計な行程に見えます。こういった次第はすでにすべての人間活動に待ち込まれていますね。A to D / D to D’ / D’ to A’ A≠A’あるいはA∽A‘

人体の機能で周期を持つものはいくつかあります。最近の研究では、健康や幸福の度合いを決定するのは、心拍リズムの正確さでなく、状況に応じて搏動を増減できる変動幅の大きさである事が確認されています。揺るぎない大きなうねりを作り出す名演奏が緩急自在であるように、アナログ盤の音楽にはピッチがあるのですが、それはプレイヤーとオーディエンスが同じ時、同じ場所に存在するのと同じ仕組みが保持されているからなのです。

店頭で一万円台のデザインのよいターンテーブルを見かけました。基本構造に手抜きがなければ、振動の調子を整えてあげるだけで、バランスのよい芯のある音楽が聴けそうです。100万円を超えるテーブルが次々発売されている一方で、誰でもまたアナログ盤を楽しめるようになってきたのですね。

脇へまわるとセカンドハンドのターンテーブルの数々。トーンアームやカートリッジの組み合わせにさえ気をつければ、数万円の出費で、100万円オーバーのテーブルを凌駕する音質を享受できます。

と同時に、本当に無駄のないシステムがそろそろ公表されていい頃かと。

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